夕張炭鉱資料館の朝は騒がしい。
入口を開けるなり、シノが大声を上げた。
「本日も無事故記録更新中!目指せ千年!」
「千年は無理だろうなあ」
ノブが書類を整理しながら呟く。
「えー?なんで?」
ハルが首を傾げた。
「館が先に無くなる」
「それ言っちゃだめなやつ!」
ハルが机を叩く。
シノも隣で頷いた。
「そうだそうだ。夢がないぞノブ」
「現実的と言ってくれ」
ノブは苦笑した。
するとハルが何かを思いついたように顔を上げる。
「じゃあさ!」
嫌な予感がした。
ノブは書類から目を離さない。
こういう時は大体ろくでもない。
「館が無くなる前に夕張を大都会にしよう!」
「いいな!」
シノが即答した。
「駅前に観覧車!」
「温泉!」
「空港!」
「なんで空港」
ノブが突っ込む。
だが二人は止まらない。
「あと巨大メロン像!」
「高さ五十メートル!」
「メロン熊も置こう!」
「怖いからダメだろ」
「じゃあノブ像」
「もっとダメだ」
ノブは即座に否定した。
ハルが机に突っ伏して笑う。
シノも腹を抱えていた。
朝から何をやっているのだろう。
そう思う。
だが悪くないとも思う。
昔、一人だった頃のシノはこんな風に笑わなかっただろう。
ハルも誰かと馬鹿話をすることなどなかっただろう。
ノブ自身も。
人を幸せにするための話など、いつしか忘れていた。
「ノブ」
シノが呼ぶ。
「なんだ」
「夕張、賑やかになるといいな」
その言葉だけは真面目だった。
ハルも頷く。
「うん」
ノブは少しだけ考えた。
そして静かに答える。
「そうだな」
大都会にはならないかもしれない。
観覧車も空港もできないだろう。
それでも。
ここに来た人が少しだけ笑って帰れる場所なら。
それだけで十分だ。
館内に掲げられた無事故記録の看板を見上げる。
今日も数字は増えている。
誰も欠けていない。
それが何より嬉しかった。
「よし」
シノが立ち上がる。
「今日も一日!」
ハルも勢いよく手を上げた。
「ご安全にー!」
「ご安全に」
ノブも少し笑いながら続く。
三人の声が、静かな資料館に響いた。
