その日は雨だった。
北海道には珍しいくらい、 一日中しとしと降り続く雨。
来館者も少ない。
展示室は静かだった。
自然棟の窓際で、 汐音は雨を見ていた。
白い指先が硝子へ触れる。
雨粒が流れていく。
「好きなのか」
低い声。
振り返ると丞がいた。
巡回帰りらしい。
汐音は少し笑う。
「雨ですか?」
「ああ」
少し考えてから頷いた。
「嫌いじゃありません」
静かな返事。
「病院にいた頃を思い出します」
丞の耳が小さく動く。
汐音は窓の外を見たまま続けた。
「雨の日って、外の音が小さくなるでしょう?」
ぽつぽつと落ちる声。
「病室で聞いていると、世界に蓋がされたみたいで」
寂しい話のはずなのに。
汐音は穏やかだった。
丞は隣へ立つ。
雨音が二人の間へ落ちる。
「誠さんは?」
「何が」
「雨」
好きですか。
そういう意味だった。
丞は少し考える。
長い沈黙。
それから。
「嫌いだった」
と答えた。
過去形だった。
汐音は顔を上げる。
丞は窓の外を見ている。
「戦場だと面倒だった」
泥。
視界不良。
冷え。
雨は敵だった。
「でも」
低い声。
「今はそうでもない」
雨粒が流れる。
静かな午後。
展示室。
隣には汐音がいる。
昔とは違う。
全部違う。
「そうですか」
汐音が微笑む。
病院の雨。
戦場の雨。
どちらも決して良い記憶ではない。
それでも。
今こうして並んで聞く雨音は、どこか穏やかだった。
雨が変わったのではない。
変わったのは、自分の方なのだろう。
